週刊パチBOX

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週に一回更新。飲食店サポートの卓上ゲーム機「パチBOX」を開発している企業ブログ。

3.11と福島の話

皆さまこんばんは。

代表の古市です。

 

今週はずっと出張だったのでブログの更新がギリギリになってしまいました…

更新する日がバラバラなので

毎週○曜日とか決めた方がいいよなーと考えたりしています。。。

 

さて今回は

3.11、東日本大地震についてです。

 

ご存知だとは思いますが、

今から8年前の2011年3月11日に東北地方を中心に各地域に甚大な被害を与えた地震です。

 

僕は当時、大阪にいたのですが変な目まいが起きたような感覚になったのを覚えています。

 

テレビでは大津波警報という見たことのないような警報が発表されていて夜になると津波の影響で海が燃えていたり、、、

その後には原発の屋根が爆発で飛んだりと日本全体が異様な雰囲気に包まれていました。

 

地震の影響は僕たちの仕事にもありました。

テレビのバラエティ番組が放送を自粛したりしていたのですが、

そのような自粛ムードは世間全体にも広がって娯楽を扱う弊社も大ダメージを受けました。

 

今の事業を始めたばかりでこれから頑張ろうという矢先の地震でしたので、、、

このまま日本がダメになるなら会社や仕事がダメになっても仕方ないかなと思うこともありました。

 

さて、地震発生から2ヶ月も経たないGWの時期に僕は1人で福島県に行きました。

 

今日はその時の話をしたいと思います。

 

当時、僕は愛知県で仕事を終えてそのまま長期休暇予定だったのですが、

テレビで報道される大変な被害の東北が現実世界じゃないような違和感がありまして

それならこのまま東北に行こうと思って車を走らせました。

 

今思うと僕が小学生の阪神大震災を経験した時、大阪に住んでいた僕たち家族はそれほど被害はなかったのですが、ある時父親が

『明日は学校を休んでみんなで神戸に行く』

『学校の勉強よりもっと大事な勉強だから』

と言って家族でボロボロの服を着て神戸に行ったことがあるのですが、その時の経験が自分をそうさせたのかなーと思ったりもします。

 

話を戻して

高速道路を走って福島県に入って、

確かいわき中央ICだったと思うのですが

中央って書いてるからって理由で適当に降りました。

 

その場所が福島県いわき市だったんですね。

 

それから下道で国道を北上したのですが、

どうやら国道は海岸線に向かう道路だったようで段々と海に近付いていって、、、

すれ違う車も自衛隊の車ばかりになりました。

 

それからの光景は本当に異様で悲惨なものでした。

 

道路に船が転がっていたり、

電車は道端で止まったままだったり、

色んなところに沢山のゴミが散らばっていて

家があったんだろうなと分かるくらいの残骸があったり、

文章にするとどう表していいのか分からないんですけど…。

現実味がないからという理由だけで特に何も考えずに足を運んだ僕は目にする光景に衝撃を受けました。

 

それからもう少し進むと相馬市だったかな?

原発の影響のため通行禁止になっていました。

 

それから夜になってモヤモヤしながら

かろうじて営業をしていたラーメン屋で食事を済ませて、

その時に現地の人がボランティアの存在を教えてくれました。

 

それから3日間、車中泊をしながらボランティアをすることにしました。

 

きれいごととかボランティアは素晴らしいとかではなくて、『足を運んで何もせずに帰ることでいいのか?』と考えた末の答えでした。

 

ボランティアは朝、商工会議所に集合して始まりました。

まず、事務所の方?が集まったみんなの前で

原発放射能がどのような影響が出るかは分かりません。参加していただく際はその点をご理解してもらいたい。』と話した時に

みんな分かってはいたけど空気がシーンとなったのを覚えています。

 

会議所にはたくさんの地域からボランティアが来ていました。

みんな僕と同じようにテレビだと実感が湧かなかったからという理由で足を運んで参加している人が多かったです。

 

プロボクサーの資格を持った青年、

どうみてもヤンキーにしか見えない三兄弟、

中には外国人の方も結構いたりして、

話を聞くとスマトラ島地震の時にたくさんの日本人が助けてくれたからお返しに来ましたという人もいました。

 

みんな泥だらけになりながら津波で流れてきた汚くて臭いヘドロをスコップですくったり、

ガレキや木材を体いっぱいに持って運んだりしました。

 

僕は下道を車で走っていたことで大体の道を把握していたので1日目は副リーダー、2日目からはリーダーとしてグループ内をまとめながらガレキの撤去作業をしました。

 

確か朝に集まらないとその日はボランティアに参加できないルールがあったと記憶しているのですが、

山口県から車で来て昼に福島県に到着して今日のボランティアを事務局に断られたけど

今日1日の時間がもったいないからどうにかして手伝うことはできないか?って僕に相談に来た金髪の若者がいまして。

 

少し悩んだけどバレたら一緒に怒られたらええかってことで一緒に作業したことなど覚えています。

 

今振り返るとどうしようとか何をしたらいいのかとか悩むんじゃなくてみんなが同じ気持ちで一人ひとりが率先して行動していました。

 

福島に行った感想は

もちろん辛いとか悲しいとかこんなことは起きないようにしないといけないとかそういう気持ちは当然あるのですが

『日本って捨てたもんじゃないな』

と思ったこと。

 

大阪に戻ってからも

地震から立ち直ろうと現地の人もボランティアに来てた人もみんなが一緒になって復旧作業をしている姿を見てから

それまでの景気がどうとか周りの影響とか気にしなくなりました。

 

そもそも世間に影響するくらいお前の会社でかくないやろって笑

ダメなら次考えようって思うようになったのかもしれません。

 

仕事だけじゃなく生活の中でも

嫌なことや悩みがあっても前を向いていたらもしかしたら良いことがあったり発見できることがあるかもしれません。

 

辛いこととか悲しいことがあっても小さな幸せを探したり誰かの幸せを願ったり、

だから前を向こうと思えるんですよね。

 

本当にね、心の底からそう思っています。

今回はそんなお話でした。